いいほうへ、いいほうへと考える

私は、ものは考えようだと思います。

「幸福」も「不幸」も考え方しだいでどうにでもなると
思っています。

私は何事も、いいほうへ、いいほうへと解釈します。

生きていれば、腹の立つこと、悲しいこと、
思い出したくないことも数多く出現するでしょう。

また、楽しく、愉快なこともいくらでもあるものです。

そういうことをいろいろ思い出しては、
「まあ、なんだかんだといっても幸福な人生を歩んでいる」
と考え、満足に近い心をもつ。

自分を幸福と信じる人が、
本当の意味で幸福な人だと思うからです。

ある年齢になって、過去をかえりみて、
「幸福だった」と思う人は、
自分の過去をいいほうへ評価した人です。


いろんなことをやってきたという
満足感をもっているのです。

老年の人から「昔はよかった」という言葉をよく聞きます。

しかし、どんな人でも、
「よかった」ことばかりがあったはずはありません。

イヤなこともいくらでもあったはずです。

でも、どんな苦しいことでも、長い間には美化され、
悪くない思い出として脳裏に残るのです。

一方で、満足できない、
まだやり残しがあると思う人もいます。

私はそういった気持ちも大切だと思います。

やり残しがあると自覚するのは、前向きなことです。

旅行をすれば見たいところは無数にあります。

しかし、すべてはみられない。

見逃しは必ず出てきます。

だから、「次の楽しみにしよう」と思うのです。

「もう一度ここに来たい!」
というエネルギーの源泉になるのです。

人生も、心残りを少しばかり持つのが、
幸福に生きるコツではないでしょうか。

残したものを少しずつ埋めていく、
そういった楽しみがあったほうが、楽しい人生になるはずです。


◆編集後記

大病を患った友人の快気祝いをおこないました。

あと数時間手術が遅かったら本当に危なかったらしいので、
奇跡の生還です。

お酒は控えめでしたが、改めて友人の大切さを知りました。



今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

第327号(2015年11月20日)

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