正しいかどうかにこだわってしまう悩み

「私が言っていることは間違ってないですよね」

「何が正しいかわからないんです」

このように、カウンセリングでは、
正しいかどうかということが、よく話題になります。

それだけ「正しくなければならない」と思いこんで
つらくなる人が多いと言うことです。


ところで、「正しい」とは誰がどうやって決めるのでしょうか?

常識は国や文化によって違います。

A国ではマナーとされているふるまいが、
B国では無礼な行為になることもあります。

上司や親は、年や立場は上でも一歩離れて見ればただの一市民です。

神様も宗教ごとに存在し、教えもさまざまです。

結局、何が正しいかなんて、
誰にも決められないのではないでしょうか。


そんな実体のないものを判断基準にしようとしても
わからないのはあたりまえです。

あえて言うなら、「正しさを判断基準にする」ことが正しくない、
と言えるかもしれません。

また、正しい・正しくないにこだわるということは、
常に物事を評価しようとしていることのあらわれです。

しかし、この「評価する」ということがくせものなのです。


私たちは、
小さい頃はお行儀のよしあしで、
子供の頃は学校の成績で、
大人になれば仕事の成果で、

女性であれば女らしさ、
男性であれば男らしさなどで
ずっと評価され続けてきました。

いつのまにか、評価されることがあたりまえになり、
いい評価をされることが「自分の価値」を高めることだと
思い込んでしまっているのでしょう。

学校や職場では成績をつけるシステムがあるので、
評価されることは避けられません。

しかし、それはあなたの人間性に対してのものではなく、
与えられた役割に応えられているかどうかに対してのものです。

上司は仕事として部下の仕事ぶりを評価しますが、
それは役割上義務でおこなうものです。

個人的な権利や趣味でやっているのではありません。


評価するというのは、
システムの中で評価をする立場になっただけです。

その場合、評価することは仕事であり、
多くは報酬がともないます。

つまり、評価するということは、
それほど特殊でストレスを感じることなのです。

そんなことを、頼まれてもいないのに、報酬ももらえないのに、
自ら積極的にとりいれて自分を苦しめることはありません。

評価する・されるのは、仕事中だけで十分です。

プライベートは評価から解放されて、
大いに自由に楽しみましょう。


◆編集後記

娘の高校受験まであと1か月を切りました。

本人なりの行きたい高校があって、そこを目指しています。

今の実力なら余裕で合格するはずなのですが、
何があるかわからないのが受験。

娘が一番プレッシャーを抱えているとは思いますが、
僕たち家族もかなりのプレッシャーを抱えています。

親になって初めて分かった感覚です。


今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

第383号(2016年12月23日)

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