よき常識人であってこそ、個性が生きる

これからは個性の時代であり、世間体や人の目を気にして
「自分を出せない人」は生き残れない・・・

などというのだから物騒な世の中になったものです。

そんなことを言うから、

「よし、もう明日からは世間体のことなんてどうだっていい!」

「人の目なんて気にせずに、
自分のやりたいことを思いっきりやろう!」

などと、

勘違いの意気込みをする人が増えているのです。

世間や人から、
「あの人って、個性的だよね」
と言われるようにするためにはどうすればいいかと・・・

そんな「見せ方、見られ方」ばかり考えるようになり、
しかしそれは世間や人の目に「とらわれ」ていることに
変わりはないのです。


こういう人は個性を演出しているようなもので、
本当の個性を発揮しているわけではないのです。

そこに何が生まれるかといえば、
たんなるわがままや自分勝手でしょう。

この人にとっては、
ともかく世間の常識や人の意見に逆らっていれば、
それが個性なのですから。

「とらわれ」ている人には、ありがちなことです。

「とらわれ」ているから反発したくなるのです。


子供が親に反抗するのは、親から自立できていないからです。

親から自立したいけど自立できていない、
それを認めたくはないけれど親のスネをかじらなければ
生きていけない、

そういう意識に「とらわれ」ているから、
親に反抗するのです。

個性を発揮して、個性的に生きていきたいのであれば、

「世間体や、人の目を気にするのは当たり前のこと」

「誰だって世間体や、人の目は気になるもの」

「だから自分も世間体や、人の目は気にしてもいいい」

こう考えることができて、
初めて「個性的に」生きれるようになるのです。


仕事の面で個性派と呼ばれている人に会って驚かされるのは、
その人たちがあんがい常識人であるということです。

たしかに仕事の面では常識を打ち破るような個性を発揮して
いるでしょうが、

人づきあいや社交の面では、気が抜けるほどの常識人です。

人への気配りもあるのです。

謙虚な態度もあります。


決して、

「世間体なんでどうだっていい」

「人の目なんて気にしない」

といった人たちではありません。


よき常識人こそが、個性的なことを成し遂げる。

そういう法則があるように思います。


◆編集後記

今度は1週間いないので寂しい〜(>_<)

娘が修学旅行でオーストラリアに行ってしまいます。

「わざわざそんな遠くにまで行かなくても・・・」
というのが僕の本音です。

でもそれが売りで生徒を集めてるところもあるんでしょうね。



今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

第470号(2018年8月24日)

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