本当に必要なのは同感?

友人と映画を観に行ったとします。

映画館を出ると、友人が「おもしろかったね」と一言。

ここであなたが本当におもしろいと思ったのならば、
「うん、おもしろかったね」と答えるでしょう。

しかし、
残念ながらあなたはあまりおもしろいと感じませんでした。

さて、あなたならどう答えますか?

その場合、
「おもしろくなかった」と素直に否定すべきでしょうか。

それとも
「おもしろかった」とウソを言うべきでしょうか。

コニュニケーションを円滑にするには、
何と答えるのが適していると思いますか?

人の話を聴く際には、共感しながら聞くことが大切です。

似た言葉に「同感」というものがあります。

共感は、
「相手と違うことを感じても、相手の感じ方を尊重し、認めること」
であるのに対して、

同感は、
「同じように感じたり思ったりすること」です。

この二つの意味の違いをまずは理解することから始めましょう。

そこで、先の質問にもどります。

友人がおもしろいと感じた映画があなたにはそうでなかった場合、

「えー、あんな映画がおもしろかったの?」

「私はおもしろいと感じなかった」

などと否定をしたのでは、彼女を嫌な気持ちにさせたまま、
この話題は終わってしまいます。

ここで必要になるのが共感です。

友人の感性や価値観を尊重する気持ちで、
「どんなところがおもしろかったの?」
とたずねてみてください。

このように聞けば、
友人の「おもしろい」という感想を否定することもなく、
そこから映画の話題が広がっていくでしょう。

「死んだと思っていたお母さんがラストで出て来るなんて、感動しちゃった」
と彼女の答えを聞いたら、

その点をおもしろいと感じた彼女に共感し、
「そっか、あそこがおもしろかったんだね」
とその姿勢をあらわしましょう。

話を聞くときに、
共感ではなく同感しようとすることに焦点をあわせてしまうと、
自分の意見と食い違った場合に、

「どうしてこれが悲しいの?」

「こんなの面白くないに決まっているのに」

と相手の価値観を尊重する気持ちが薄れてしまいます。

人の感性や価値観は異なって当然です。

自分の価値観を無理に相手に合わせる必要もなければ、
相手の価値観をいちいち否定する必要もありません。

いちいちあわせていたり否定していては、
話は前に進まないし、さらなる話を引き出すこともできなくなります。

同感はできないけど共感しよう、
という姿勢で話を聞くようにしてください。

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今回の内容は、以下の書籍を参考にさせて頂きました。
ありがとうございます。

「はげます技術」著:あさくらゆかり


◆編集後記

僕の本がついに書店に並びました。

何度となく書店に本が並ぶイメージをしては10年間、
モチベーションを高めてきました。

10年間という月日は長かった(>_<)

僕の好きな言葉に、
「虚仮(こけ)の一念岩をも通す」
ということわざがあります。

「何事も一途に頑張ればやがては成就・大成する」
という意味のことわざで、
小泉元首相がよく使っていました。

このことを忘れないように、
プライベートのメルアドは「kokenoitinenn」にして、
常にこの言葉は意識してきました。

今だから言えることですが、絶対無理!って思っても、
「絶対」ということはないのかもしれませんね。


●書籍「なんとなく生きづらいがフッとなくなるノート」
http://www.amazon.co.jp/dp/4295403210



今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

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第518号(2019年7月26日)

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