とても「いい人」よりも、ちょっと「悪い人」がいい

「いい人」になることに、
あまり懸命にならないことが大切です。

半分ちょっとは「いい人」、
しかしどこかに「悪い人」を持っておくのがいい。

何にいいかと言いますと、
あなたの心の健康のためです。

最近の若い人は、同僚や友達といった仲間から
ハジかれるのを極端に怖がり、

そのために自分が浮き上がらないように、
すぐに意見を引っ込めるといいます。

そうやって「いい人」であることを必死に維持しています。


人から何か頼まれる。

例えば、
「残業手伝ってくれない・・・あなた、お願いね」と。

もちろん「いいよ」ということができれば、
それに越したことはありませんが、

「イヤだな」と思うときでも「いいよ」という人が多い。

それは、日ごろのつきあいもあるでしょうし、
断りづらいというものあるでしょう。

しかし、断ることによって、
人から悪口を言われることを恐れていたとしたら、
考えすぎです。

人というのは、100%「いい人」でいるよりも、
ちょっと、まあ、20%くらい「悪い人」なところが
ちらり見える人のほうが魅力的なものです。

あなたの好感度アップのためにも、
あたには「断ること」をおすすめします。

人から「あなた、どう思う?」と意見を求められたときも、
「私も、みんなと同じ意見」と答えるのもいいですが、

たまには、わがままぶりを発揮してもいいのです。

「そんなこと・・・
どうして、みんなの調和を乱すようなことを言うの」

と非難されることになったとしてもです。

これもまた、20%くらいは「わがまま」であっても、
たまには人と違う意見を言える人のほうが、
ずっとチャーミングです。

自分の気持ちを抑え、人から好かれたい、
嫌われたくないと懸命に
「いい人」になろうとしている人というのは、
不自由です。

心の中は「苦しいだろう、辛いだろう」と
人ごとながら同情します。

実際に「いい人」は顔ではニコニコ笑っているものの、
内心は不機嫌な感情を隠している場合が多いようです。

「ほんとうは、こうしたい、ああしたい」
という気持ちを表に出せないというのは、
個室に閉じ込められているのと似たようなもの。

自分が「悪い人」になるのを許した方が、
人との関係もうまくいくと思うのです。


◆編集後記

結婚式の余韻が残っています。

先週の友人の結婚式で飲みすぎてしまい、
まだ体調が良くありません。

気分も上がりすぎてしまい、
その反動なのかいまいち乗りません。

気分はあげようと思っても上がるものではないので、
坦々と日常生活を送るしかありませんね。


今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

第497号(2019年3月1日)

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カンに障る人との接し方

なぜだかわからないけど好きになれない人や、
不思議と反発したくなる人というのは、誰しもいるものです。

特別な利害関係があるわけでもなく、
別に何をされたというわけでもないのに、
どうもカンに障る人。

ライバル意識を持っているのかいないのか、
何かと目障りに感じる人。

言っていることは正しいかもしれないけれど、
「あなたからは言われたくない」と
心の中でつぶやきたくなってしまう人・・・。


そんな人と対峙すると、
私たちはバランスを崩しやすくなるようです。

心理学で「受け入れられない自分」や、
「自分がなりたくないと思うもの」を
心の影(シャドウ」として扱うことがあります。

心の影とは、
あなたが「こうなりたくない」と思っているような部分、

言ってみれば、
他人に見せたくないし自分でも見たくない、
心の薄暗いところに隠しているもう一人の自分のようなものです。

そのもう一人の自分と似ている人が
目の前に現れたらどうでしょう?

どうにか見つからないように隠れていたのに、
その相手を通してふいに明るみに引っ張り出されたら
困惑するでしょう。

いつかは何とかしたいなと思いつつ、
見えないようにしまってあったイヤな部分に
いきなりライトが当てられたら、

いら立ちや不快感がこみあげてきても
おかしくはありません。


そう考えると、反発したくなる人というのは、
自分と似ているものを持っている人なのかもしれません。

自分と似ていれば、
「きっとこうしてほしいと思っているんだろうな」
と、その人の傾向や気持ちが自然と推測できます。

しかし、自分自身が満たされていないと、
「絶対思い通りにさせるもんか!」
という意識が働いてしまいます。

自分に似ている人だからこそ、
幸せ比べをしてしまいやすいのです。


こうして張り合うことや競い合う気持ちから、
必要のない敵対心という荷物を増やしていく
ことになります。

そんなときは、
「ああ、あの人はたぶん自分に似ているんだな」
と思うくらいで放っておくか、

離れることができる関係であればラクでしょう。

でも、もしも仕事や役割の関係で
距離を置くことが難しいのであれば、
敵対するのではなく、協力関係を結びましょう。

向かい合って押し合うのではなくて、
隣りに並ぶのです。

似た者同士だとすれば、
きっと行きたい方向もよく似ているはずです。

そして、あるときとてもお互いの波長が合うことがわかって、
他にはない、気持ちの通じ合える人になるかもしれません。

自分のエネルギーの方向をどちらに向けるかは、
あなた自身が選べることです。


◆編集後記

明日、20年来の友人の結婚式に行ってきます!(^^)!

43歳で初婚です。

大学を卒業し、就職した先が和食のファミリーレストランで、
その時に出会った友人です。

私は8年くらいで辞め、その友人も15年目くらいで辞め、
職場はバラバラになりましたが、

辞めた後も年45回の飲み会が続きました。

ほとんどの場合は、会社を辞めれば疎遠になるし、
学校を卒業すれば年賀状だけの付き合いになります。

そんな分かち合える友人をこれからも大事にしたいと思います。

結婚おめでとう!!



今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

第496号(2019年2月22日)

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自己嫌悪は向上心のあらわれ

悩みがちな人は、
「こんな自分は嫌だ」「自分はダメだ」
という気持ちにさいなまれることがあるはずです。

とくに、夜中にひとりでいるときに、
昼間の自分を振り返って、

「私、何をしてるんだろう」

「どうしてこんなふうなんだろう」

などと自己嫌悪に陥ったりします。

ここで気づいてほしいのは、

「こんな自分は嫌だ」

「自分はダメだ」

と自己嫌悪するのは、
決して悪いことではないということです。

いい加減な人なら、
なにかまずいことをしてしまったときに、
「こんな自分は嫌だ」などと自己嫌悪するでしょうか?

しないですよね。

仕事でミスをしたときとか、
失礼なことを言って相手をイヤな気分にさせてしまったときでも、

「まあ、いいか」「しかたないよ」などと開き直ったり、
あるいはまったく気にかけなかったりするものです。


ここからわかるのは、自己嫌悪には
向上心のあらわれといった側面があるということです。

そんなことを言われても、
自己嫌悪するのは苦しいものだし、
なんとか自己嫌悪から解放されたいと思うかもしれません。

でも、
「もっと仕事ができるようになりたい。
ミスをして周囲に迷惑をかけるようなことはしたくない」

という思いがあるから、
仕事でミスをしたりすると自己嫌悪に陥るのです。


「できるようになりたい」

「迷惑をかけたくない」

という思いがない人は、自己嫌悪などしません。

「もっと人の気持ちを考えて行動できるようになりたい」

そうした思いがあるから、
人を傷つけるような行動をとってしまったときに
自己嫌悪に陥るのです。

人のことなどどうでもいいと思っている人は、
そうなりません。

「惰性に流されるような生活は嫌だ。生きている実感がほしい」

そんな思いがあるからこそ、
ただ適当に流されているだけの生活に
甘んじていることに自己嫌悪するのです。

手ごたえのある生活を求める気持ちがなければ、
自己嫌悪などしないでしょう。

自己嫌悪にさいなまれるのは、
向上心が強い証拠なのです。


◆編集後記

昨日はバレンタインデーで娘から生チョコをもらいました。

学校の友達やクラスメイトに配るとのことで、
50個作ったらしいです。

誰の手も借りず一人で全て作り、ラッピングし、
10時間くらいかかりましたが、かなりレベルの高いものでした。

友だちからも「超おいしかった」と言われ、
うれしそうでした。

「来年はホワイト生チョコを作って、ビックリさせよう!」

料理は愛情といいますが、
料理を通じて相手を思いやる気持ちが芽生えるのかもしれません。



今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

第495号(2019年2月15日)

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世界新記録より自己新記録がよい

あなたは「世界新記録」を目指す人か。

それとも、「自己新記録」を目指す人か。

世界新記録というのはつまり、
トップを目指すということです。

一番上の位置を目指して頑張っていくことです。

その場所に立つことができる人は
世界でたったひとりだけですから、

それだけ脚光も浴びるし、
名誉なことでもあるでしょう。

しかし、一番上を目指していくことは、
そんなにいいものなのか?

という気も私はしてきます。


ひとつには、
「人に勝つことが生きる目的」になってしまうようでは、
せっかくの人生に大切なものが欠落するように思えます。

勝った負けたということばかりに一喜一憂するのは、
自分らしい生き方を見失うことにも通じるようにも
思うのです。

「遊ぶ時間がなくなる」のではないか、
という心配もあります。

「人に勝つ」ためには、
人より長い時間がんばらなくてはならないのは
当たり前で、

むじゃきに遊んでいる暇も
なくなるのではないでしょうか。

自分らしく生きたいと思ったら、
何はともあれ自分らしく遊ぶことが大切です。

働くこと、がんばることなど、
誰でもやっているのです。

そんな「誰でもやっていること」から離れて、
自分なりに遊ぶことができるからこそ、
自由を味わい、自分は生きていることを
実感できるのです。

そして何よりも「自己新記録」を更新してゆく
喜びを感じられなくなってしまうのではないでしょうか。

昨日できなかったことを、
今日できるようになることは、
大きな喜びになるでしょう。

そうやって、ひとつひとつ成長して、
ひとつひとつ前へ進んでゆくことで、
生きている実感も得られます。


しかし世界新記録を目指す人にとっては、
昨日できなかったことが今日できるようになったとしても、
二番三番の順位ではあまり意味ないと感じます。

いくら自己新記録であっても、
それが世界新記録でなければ、
うれしいどころか悲しいのです。

だが、いくら世界新記録でなかったとはいえ、
自分がひとつ成長したことを素直に喜べない人は、
人として不幸なことではないかと思うのです。

私は世界新記録など出さなくてもいいと思います。

そんなことはさっぱりと諦めて、
自己新記録を少しずつ更新していける人であればいい。

自分らしく、自分の、ほんのちょっとの日々の成長を
喜びながら生きるのが、私は好きな生き方です。

さて、あなたはどんな生き方を選びますか?


◆編集後記

3年前に立てた「腹囲80センチ」の目標が未だに達成できません。

運動は週5回やっています。

そのうち2回は10キロ走っています。

腹筋もしている。

けど、減らない。

何か抜本的な改革が必要かもしれません。


今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

第494号(2019年2月8日)

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ルーティーンで心を整える方法

自分にとって都合の悪い状況や、
何度やってもうまくいかない状況に追い込まれたときに、
「できない」「無理だ」と
マイナス思考になってしまうことがあります。

こうなると、立ち止まって身動きがとれなくなり、
前に進もうという意欲がなくなってしまいます。

状況が一瞬で変わるスポーツの試合だったら、
マイナス思考に陥って放っておくと、
そこで勝負が決まってしまいます。

大事な仕事を任されたり、
その場で決めなければならない商談やプレゼン、
間違えることが許されない作業に取り組むといった状況でも、
「やばいな」「まずいな」とマイナス思考になってしまうと、
散々な結果になります。

そのように心が乱れた時、
瞬時に気持ちを切り替えて、
物事に取り組めなければなりません。


苦しい状況でも、「その時に適した」プラス感情になり、
能力を発揮できる状態を作る方法があります。

それが「ルーティーン」です。

2015年のラグビーワールドカップで
優勝候補の南アフリカを破って世界を驚かせた
日本代表の五郎丸選手が、

キックの前に行っていた一連の動作を
覚えている人も多いでしょう。

少し前かがみで両手の人差し指を合わせている
ようなポーズです。

何をしているのか分からなかった人も
多いと思いますが、
それが「ルーティーン」です。

ルーティーンは簡単に言うと、「習慣」です。

何度も繰り返してきた習慣を行うことで、
いつもの平常心で臨むことができます。

一流のアスリートは自分の心を整えるための、
何かを持っています。

必ずしもポーズではなく、
シューズを右足からはく、
グランドに出るとき一礼するなども
ルーティーンに含まれます。

ルーティーンはアスリートだけの話ではなく、
私たちの日常にも取り入れることができます。

自分にとって都合が悪かったり、
間違えられない作業に取り組むといった状況では、
誰でも心が乱れやすいものです。

そこで、自分だけに用意したルーティーンを行うことで、
心を整えるのです。

さあ、あなただけのルーティーンを探してみませんか?


◆編集後記

年1回の駅伝大会が終わってしまったので、
走る気力が失せています。

この大会に照準を合わせ、
トレーニングしてきたので仕方ありません。

来年も出場する予定ですが、あと1年あると思うと、
なかなか走る気持ちになりません。

目先の目標が必要ですね。


今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

第493号(2019年2月1日)

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気持ちを抑えすぎるから人間関係がこじれる

人間関係が不器用な人は、
人に対して人一倍気をつかっているつもりなのに、
なぜかトラブルになったり、
気まずいことになったりしがちです。

なぜそうなるかと言えば、気持ちを抑えすぎるからです。

抑えすぎることで、ため込んでしまったものが、
イライラを生み、そのせいで素直になれなかったり、
つい感じの悪い態度をとってしまったりするのです。

みんなが言いたいことを遠慮なく主張したら
収拾がつかなくなるし、

利己的な思いのぶつけあいみたいになって、
雰囲気が悪くなるでしょう。

他の人の気持ちも配慮して、
ある程度の自分の気持ちを抑えることは大切なことです。

遠慮のない人は、周囲の気持ちなどまったく配慮せずに、
身勝手なことを言うので、

「本当に自分勝手だなあ」

「人の気持ちや立場なんて全然眼中にないんだから」

と周囲からあきれられます。


人づきあいに気を使うタイプは、
そのような身勝手さはないのですが、

逆に自分を抑えすぎて、
本人自身が疲れて我慢できなくなってしまうのです。

結局は、バランスの問題です。

人の気持ちや立場を配慮することも大事ですが、
自分の気持ちや立場も大事です。

どちらかを無視したり軽視したりすると、
問題が生じやすくなります。

相手の気持ちや立場を配慮しないと、反発を買い、
人間関係がスムーズにいかなくなります。

反対に、自分の気持ちや立場を無視して、
無理に自分を抑えていると、

いつかは「もう我慢できない」と感情の爆発を起こして、
せっかくの人間関係を台無しにしてしまうことにも
なりかねません。

ここでの課題は、相手に配慮し、
イヤな感じを与えない形で、
適切な自己主張ができるようにすることです。


◆編集後記

駅伝大会に出場できました!

前日に走るメンバーがインフルエンザにかかり、
バタバタでしたが、
なんとか調整して出場することができました。

僕は、1区の1.6Kを走り、200チーム中83位という
なんとも微妙な位置でタスキをつなぎました。

チームが完走できたのでよかったのですが、
ちょっと悔しい。

もっと自分に厳しく練習をする必要がありますね。


今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

第492号(2019年1月25日)

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「みんなといっしょ」よりも、自分らしく諦めよう

こんな話があります。

豪華客船が沈没して、乗客たちは命からがら
救命ボートへと乗り移ったのだが、
大勢の人が殺到したため定員オーバーとなった。

救命ボートまで沈んでしまっては大変だと、
船長が、若くて壮健な人はどうか救命胴着を着て、
岸まで泳いでほしいと指示を出しました。

とはいっても、岸まではかなりの距離です。

はたして泳ぎ着くことができるか。

しかし説得の仕方というものがあるそうです。

しかも、その人の国籍による説得の仕方が・・・。


さて、イギリス人には、
「あなたはジェントルマンだ」いえばいい。

ドイツ人には、「船長の命令だ」と言えば、
海に飛び込む。

人から命令されるのが嫌いで、
ひねくれ者のイタリア人は
「君は飛び込むな」といえば、飛び込む。

アメリカ人には、
「生命保険はしっかりかけてあるから安心してくれ」という。

ところで日本人には、どういうのか?

耳元で「みなさん、そうしていますよ」
とささやくのだそうです。

これは痛いところを突かれた感じです。

確かに日本人は、赤信号であっても、
みんな渡っていけば、自分も渡っていってしまう人種です。

みんなが自分のことよりも
会社優先の生き方をしていれば、

自分もそういう生き方をしなければ申し訳ないと思い、
みんなが先を急いで息を切らして走ってゆくというのに、
自分だけのんびり、ゆっくりでは申し訳ないと思う。


しかし、こういう社会に生きているからこそ
「諦めて」ほしいのです。

「私は諦めないぞ、最後まで、やり抜くぞ」
と意気盛んな中で、諦めてほしいのです。

諦めてこそ得られるものもある。

それは最後までやり抜いて得られるものと同等に、
いやそれ以上にすばらしいものではないかとさえ
思うのです。

「周りの人が自分のことより会社優先の中で、
もっと自分らしい生き方がある」

「周りの人がお疲れ気味の中で、もっと元気に生きていける」

「周りの人が先を急いでいる中で、
もっとゆっくりと人生を味わっていける」

自分らしく、元気に、ゆっくりと・・・

そんな日々をお望みなら、
人生は、諦めてからが面白いのではないでしょうか。


◆編集後記

今週、駅伝大会に出場します!

距離は1.6K。

ウォーミングアップから膝が痛くてどうしようもなかった
昨年から比べれば、コンディションはいいですね。

練習も作戦を組んで走れました。

あとは、僕を含めてメンバーがインフルエンザに
かからないことを祈るのみ。

1年間この駅伝のために頑張ってきたからなあ。



今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

第491号(2019年1月18日)

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前向きに生きていくためのコツ

心理学に「合理化」という言葉があります。

「自分にとって都合の悪い現実を、
必ずしも事実ではない理由で正当化する」

という意味です。

そのように言うと、
「合理化」というものは何か悪いことのようにも
思えてきます。

しかし、実際に「合理化」は、
人間が前向きに生きていくために
とても大切な心の働きでもあるのです。


大学に入学するために、
三年間浪人した男性がいます。

三浪もしたことが、
その後の彼にとっては強いコンプレックスに
なっていました。

しかし彼は、

「三年間浪人したことは、私の人生にとって非常に有意義だった。
私は、回り道したおかげで、かけがえのない経験ができた」

と考え直しました。

すると、
これまで三浪したというコンプレックスに
悩まされ続けてきたことを自然に忘れることが
できたと言います。

彼にとって、
三浪したことが本当に有意義な経験であったか、

その後の人生に何か具体的に
役に立つことがあったのかはわかりません。

しかし、そうした問題は、
ここでは重要ではないのです。

「有意義だった。かけげのない経験だった」

と考えることで、
コンプレックスを忘れ去ることができた。
ということが大事なのです。


これが「合理化」と呼ばれる心理作用です。

こんなものは言い訳にすぎない!
という人もいるかもしれません。

しかし、イヤな思い出を忘れられずに
いつまでも思い悩んでいるよりも、

前向きに生きていくために、
「合理化」が必要になる場合もあると思います。

つまり、出来事はただの出来事で、

その出来事に対してあなた自身が、
「どんな意味」をつけるかで感じ方もとらえ方も、
その出来事の意味も、変わってくるということです。

ぜひ、合理化によって、
「過去の自分の失敗」を許してあげましょう。


◆編集後記

お正月に希少価値の高い「イチローズモルト」を
実家に持って言ったのですが、

なかなか手に入らないウイスキーだったので、
うんちく話でとても盛り上がりました!

お酒はほどほどに飲めば人を幸せにしますね。


今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

第490号(2019年1月11日)

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無感動な人のための感動力UP法

経済が発展し、便利な世の中になったにも関わらず、
ストレスによって苦しんでいる人はたくさんいます。

優秀な人が突然心の病になったりすることも
珍しくありません。

そういった場合、
感動体験を増やして情動の涙を流すことで、
ストレスを解消できることがあります。

ただ、中には感動力が弱まっている人もいらっしゃいます。

感動とはプラスの経験に「感じて心が動く」ことですが、
私たちはマイナスの経験に対しても心が動きます。

つまり、
「失敗してしまうのではないか」
と不安や心配を感じるということです。

こういった物事の否定的な面ばかりを見る
クセがついていると、

たとえ仕事がうまくいっても、

「今回はうまくいったけど、次回はダメかもしれない・・・」

などとネガティブに心が動くようになります。

そのうち、燃え尽き症候群になって、
物事に対して全く心が動かなくなってしまいます。

まさに無感動状態です。


近年、このような感動できない人が
増えているように思います。

夢や目標実現のために動こうとして、
なかなか行動に結びつかない人は、
感動力が失われているのかもしれません。


では、どうすればいいのでしょうか?

自分の感動体験にこだわる必要はありません。

実は、脳は感情を伴うイメージを
現実かどうか区別できないという特徴があります。

自分自身の経験でなくてもプラスに心が動くことで、
感動する力を養うことができるのです。

つまり、本を読んだり、映画をみたりすることで、
日常の小さなことでも感動できるようになっていきます。

たとえば、道端の雑草を見て、

「硬いアスファルトを突き破るとはなんて力強いんだ。
自分も殻を破って成長していこう!」

と力が沸くのは、
当たり前のように思っていたことへの感動が高まり、
小さなことでもプラスに感動できるようになったからでしょう。

あなたなりの感動するパターンみたいなものがあると、
心が動きやすくなるかもしれませんね。

日常生活の中で探ってみましょう!


◆編集後記

みなさん、明けましておめでとうございます。

年末年始は食べ過ぎ、飲みすぎで体調がいまいちですが、
少しずつ普段の生活に戻していこうと思います。

今年は大きなことにチャレンジします。

今までにない初めてのことなので、不安もありますが、
その反面わくわくもたくさんあります。

ある程度めぼしがついたら、
このメルマガでもお伝えしたいと思います。

今年もどうぞよろしくお願いいたします!



今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

第489号(2019年1月4日)

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迷わなくてもいいことは迷わない

迷わなくてもいいことで、迷ってしまうことがあります。

そのために、
幸福になるチャンスを失ってしまうこともあります。

ある女性は、
つきあっていた彼氏からプロポーズされました。

しかし、結局彼女は迷ったあげく断ってしまいました。

彼女はその後、その彼氏と別れることになりました。

しかし、彼女はしばらくして後悔しました。

「今になって考えてみると、あのとき、なぜ彼と結婚する
ことを迷ったのか自分でもよくわからない。
迷わなくてもいいことで迷っていたんだと思う。
迷わずに結婚していれば、今私は幸福でいられたのに」

と言うのです。


この「迷わなくていいことに迷い、せっかくのチャンスを失う」
ということほど、その人に忘れられない後悔の念を
残すものはないようです。


次のような昔ばなしがあります。

腹を空かせたロバがいました。

何か食べ物はないかと、道をさ迷い歩いていました。

すると、目の前に干し草を積み上げた山が見えてきました。

食べ物にありつけると、ロバは大喜びしました。

しかし、困りました。

干し草の山は二つあったのです。

そのロバは、右の干し草から先に食べようか、
それとも左の干し草から先に食べようか迷いました。

結局、どうしようかと迷っているうちに、
そのロバは飢え死にしてしまいました。


結局、ロバは迷うことなどなかったのです。

どちらでもいいから先に食べ、
食べ終わったら別の干し草の山を
食べればよっかったのです。

この話は、実は迷わなくてもいいことに迷っていると、
結局は何も得ることが出来ず、
不幸な目にあうということを意味する教訓なのです。

しかし、いくら後悔してもしょうがありません。


ポロポーズされたこの事例の女性の場合、
昔の恋人をあきらめて、

「迷わなくてもいいことに迷ってはいけない」
ということを教訓にし、

新しい恋人を探していくしかありません。

新しい恋人が見つかれば、
昔の後悔を忘れられるでしょう。


◆編集後記

読者の皆様、1年間ご購読頂きまして、
ありがとうございました。

2018年のメルマガはこれで最後になります。

今年も何とか週1回の配信ペースを守り切ることができました。

来年もこのペースを守って、
みなさんに人間関係の悩みを改善するきっかけを
ご提供できればと、思います。

2019年もどうぞよろしくお願いいたします。


今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

第488号(2018年12月28日)

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「情けない人」は元気、「強がっている人」はクヨクヨ

人から「りっぱな人と思われる」のではなく、
人から、「なんて情けない人なんだ」と思われたら、
あなたの人生、しめたものです。

「正直にいうと、いけ好かない人だなあと思っていたんだけど、
話してみたら、けっこうかわいげのある人だったのよ」

あなたには、そんな経験はないでしょうか?

仕事の同僚で、ふだんから仲のよろしくない相手が、
何かの集まりのときに、

「最近、仕事がうまくいかなくて困っているのよ」
という。

その一言で、

「へえ、この人って、こんな弱音をいう人なんだ」と、
何だか急に親近感がわいてくることがあります。

「いけ好かないと思っていたんだけど、
なんだかうまくやっていけそう」

という気がしてくる。


これが、人から「情けない人」と思われることの効用で、
そういう人ほど、たくさんの人から愛され、
たくさんの人から親切にされるのです。

みなさんの身近なところにいる
「情けない人」の様子を今度、
じっくりと観察してみてください。

決して情けない顔などしていないし、
クヨクヨもしていません。

どちらかといえば元気そうで、
いつもハツラツとしていて、

人から「情けない」と思われていることを
喜んでいるようにさえ見えます。

「情けない顔」というのであれば、
むしろ、
人に負けたくない、
人からバカにされたくないと
突っ張っている人のほうではないでしょうか。

そういう人は、威勢のいいことを言う割には、
顔の肌にハリがない。

夜もよく眠れぬ様子で、目も充血している。

「情けない人」ほどスッキリした顔をして、
「強がっている人」ほどオツカレの顔をしているように
見えるのですが・・・


「ああ、情けない・・・」という経験をして、
弱音を言いたくなったときは、
だれかに気軽に相談に乗ってもらいましょう。

とくにふだん人間関係がうまくいっていない相手に、
いがみ合ってばかりいる相手に、
けんかをしていま冷戦状態にある相手に、

「ちょっと弱ったことがあって」と、
相談を持ち掛けましょう。

自分が「情けない人」と思った時こそ、
仲直りするチャンスであり、
友達を増やすチャンスでもあるのです。


◆編集後記

この前友人との飲み会の席で気づいたことがありました。

我が家ではクリスマスや誕生日といったイベント事で、
プレゼント交換をしません。

友人の家ではプレゼント交換をしているそうで、
奥さんもとても喜んでくれるといいます。

夫婦関係もよくなるそうです。

感謝の気持ちは日々伝えていますが、
それを形にするのも必要かもしれませんね。



今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

第487号(2018年12月21日)

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強すぎる「承認欲求」が生きづらさを生む

人からどう見られているかが気になってしかたがない。

人からの評価が気になって自由に振舞えない。

そんな悩みを口にする人がいます。

でも、それは誰もが抱いている思いではないでしょうか。

人からの評価が気にならない人などいません。

人からの評価に振り回されないで、
自分らしく生きればいい、
自分の生きたいように生きればいい
などと言われても、

はたして人からの評価を無視することなどできるでしょうか。


仕事の場は、ますます厳しさを増しています。

かつては職場の人間はみんな仲間といった意識がありましたが、
欧米流の人事評価が導入され、
どの職場も従業員の評価システムの構築にやたら熱心です。

そんな時代ゆえに、
私たちは、たえず評価的視線にさらされ、
評価されていることを意識せざるを得ないのです。

評価を意識して、認められたいと思って頑張る。

それは、決して悪いことではありません。

私たちは、幼い頃から、親や先生から認められたくて、
できる子になろうとしてがんばってきたものだし、
そうした承認欲求が成長の原動力だったはずです。

職場でも「使える人物だ」「できるヤツだ」
と認められたくて一生懸命に仕事をするのは、
別に悪いことではありません。

上司から「がんばっているじゃないか」と思われたくて
必死に頑張るというのも、よくあることです。


家庭でも、きちんとした主婦だ、
頼りになる親だと思われたくて、
自分の役目をちゃんと果たそうとするのは、
問題どころか、むしろ立派なことと言えます。

それが成長につながるわけですし、
有能な人はみんなそうしていると思うのです。


でも、それが行き過ぎると、
生きづらさにつながります。

無理をしすぎるのです。

子供の頃から、お母さんから褒められたい、
よい子と思われたいと頑張ってきた人。

学校でも、先生から褒められたい、
よい子と思われたいと頑張ってきた人。

そのようなタイプは、
周囲からの評価を気にしすぎる傾向があります。

承認欲求が強すぎるのです。

社会に出れば、
いくら頑張っても評価につながらないことが
たくさんあります。

承認欲求というのは、
たしかに成長の原動力でもあるわけですが、
それにとらわれすぎると、

自分が何をしたいのか?

どうしたいのか?

どんな生き方をしたいのか?

分からなくなってしまいます。


そこで、承認欲求をうまく生かして成長しつつ、
適度に承認欲求から解放されて自由に振舞うことが
大切なのです。

承認欲求の生かし方と克服のしかた。

それを身に着ければ、
人からの評価に振り回されずにすみます。


◆編集後記

ついに「イチローズ・モルト」を手に入れました!

「ベンチャーウイスキー」という埼玉県の秩父市にある会社で、
この酒造メーカーから発売されるウイスキーは、常に完売状態が続き、
予約だけでも生産分が売り切れになるほどの人気ぶりとなっています。

世界的にも評価の高いウイスキーらしいですね。

毎日の晩酌が楽しみです。



今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

第486号(2018年12月14日)

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得たものがあれば失うものもある

ある会社員の男性は、以前、
海外の拠点に転勤を命じられました。

家族に相談したところ、
妻からも子供からも反対されました。

妻や子供たちから、

「もし海外へ転勤するのなら、私たちは日本に残るから、
単身赴任で行ってほしい」

と言われてしまいました。

結局、彼は家族との生活を優先して、
海外への転勤を断りました。

すると、彼の代わりに海外へ転勤した同僚が、
海外での活躍が認められて、

現在は日本の本社の取締役にまで出世したのです。

彼は、

「あのとき、海外転勤を承諾しておけばよかった。
そうすれば私は今頃、取締役になっていたかもしれないのに」

と後悔しました。

彼はその当時の決断を今でも後悔し続けています。


話はここで終わりではありません。

続きがあります。

彼の代わりに海外へ転勤し、
その後日本の本社の取締役にまで出世した人物ですが、

実は家族の抵抗にあって単身で海外に行ったのです。

そのことが原因で、家族と気持ちがすれ違うようになり、
妻と離婚して今は一人暮らしをしているのです。

その人はその人で、

「あのとき、海外に行く決断をしたのは間違いだった。
日本に残って家族とともに仲良く暮らしていればよかった」

と後悔しているのです。


この人も自分の判断を後悔する気持ちを、
忘れられなくなっているのです。

人生は何もかもうまくいく場合もありますが、
何かを決断するとき、
得るものがあれば失う場合もあるのです。

海外へ転勤しなかった人は「円満な家庭」
を得て出世を失い、

海外転勤した人は出世を得ましたが、
家庭を失いました。

その失ったものばかりに意識を奪われて、
忘れられない思いを引きずっていくことは、
自分の人生を不幸にしてしまいます。

人生は、いいときもあれば悪い時もあるので、
ならせば平等にできているのかもしれませんね。

なので、
今苦しんでいる人も未来は楽しいかもしれません。

山が高ければ谷も深いので、今が絶不調で辛くても、
とてつもない絶好調の時期が来るかもしれません。


◆編集後記

そういえば!
と思うことがありました。

ここ数年風邪をひいていません。

ほぼ休みなしで仕事をしているので、
気が張っているというのもありますが、
「マヌカハニー」を毎朝食べているおかげかもしれません。

値段はちょっと高いですけど、
市販の風邪薬を買ったり、病院にいったりすることを考えれば
安いものです。

今後も続けていきたい習慣です。


今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

第485号(2018年12月7日)

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わかってくれる人を増やしていこう

がんこな上司、
一方的にしゃべりまくる人、
聞いているのかいないのかわからない人、
気持ちがすれ違ってしまう人、
心ここにあらずの人、
よそ見ばかりしている人・・・

こういう「わかってくれない人」に、
「わかってもらうこと」には、どうすればいいのでしょうか?

大切なことは、
あまり「ムキにならないこと」です。

相手は、追いかければ逃げていく
夏のアスファルトにできる陽炎のようなものだと
心得ておきましょう。

ムキになって
「わかれ、わかってくれ、どうしてわからなのよ」
と強く迫ったところで、
こちらがイライラするだけです。


そもそも、わかろうとする気などない人に、
どうやってわかってもらうかと考えること自体が
絶望的なことなのです。

「その気がない」人には、
私はこんなに真剣に話しているのに、
どうしてあなたは真剣になってくれないんですか、

私がこんなに説明しているのに、
あなたはまったく人の話を聞こうとしない、
どうしてですか・・・

と訴えたところで、馬の耳に念仏。

最後は、自分がみじめになるだけです。

わかってくれない人は
「わかろうとする気がない」のだから、
放っておきましょう。

とりあえず、相手が自分の話を聞いていようがいまいが、
言わなければならないことはちゃんと言って、

必要ならば文字にして差し出して、
後は放っておけばいいのです。

いつか「分かってくれる時が来る」と思って、
気長に待ちましょう。


このくらいの気持ちでいることが、
いちばん「わかってもらう」ための近道です。

ちなみに、放っておいて、気長に待っている間に、
やっておかなければならないもっと大切なものを
やっておきましょう。

ほかに理解ある人を探すというものいいですね。

味方を増やして、
「わからず屋」を包囲してしまえばいいのです。

分からず屋を相手に苦労しているよりも、
このほうがずっと賢い。

わからない人がいれば、
分かってくれる人もいるのだから、
しっかり自分の味方につけておきましょう。

できれば味方をうんと増やして、
多数決となれば勝てるという状況を作っておくのです。

このように考えてみると、
日々の暮らしの中で、
「自分をわかってくれる人」が
いかに貴重な存在であることかも
わかるのではないでしょうか。


そういった人は、
あらためて大切にしたいものですね。


◆編集後記

ご予約状況2018年12月を更新しました。

年末だからといって連休を取るわけでもないので、
空欄であれば承れます。

ここ数年は、振り返りや反省に、
カウンセリングを受けられる方も多いです。

1年間でどのくらい成長できたか、
変化できたかなんてなかなか分かりませんからね。

ご予約はお早めに。

ご縁のある方との出会いを楽しみにしております。

◆ご予約状況
→ http://www.kokoro-str.jp/category/1399418.html


今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

第484号(2018年11月30日)

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イライラの背後には期待がある

自分のイライラ体質を直したい。

人に対してすぐにイライラしてしまう自分を変えたい。

でも、どうしたらいいのかわからない。

そのように思う人には、
ぜひ目を向けてほしいことがあります。

それは、イライラしやすい人にみられる共通点は、
人に対する期待が強すぎるということです。

せっかくディズニーランドにデートに行ったのに、
ケンカになって気まずい雰囲気で帰ってきたという人がいます。

話を聞いてみると、
乗り物に乗ってちょっと気分が悪くなったのに、
こっちの調子が悪いことに気づかすにはしゃいでいるし、

昼食をあまり食べずに残したのに、
心配してくれないし、

だんだんイライラしてきて、無視したり、
攻撃的なことを言ったりして、
気まずい雰囲気になったのだと言います。


この場合、
「こっちの体調が悪いことに気づいてほしい」
といった期待が強いためにイライラしていたのだとわかります。

言わなくてもわかってほしい、
察してほしい、
気づいてほしい。

そうした期待が強いために、
期待通りにならないとイライラするのです。

そして、せっかくのデートを台無しにしてしまうのです。


このような場合、
「言わなくてもわかってくれるはず」といった期待、

そして「言わなくてもわかってくれるべきだ」
といった思いがあるからイライラするのです。

そんな期待などせずに、
「ちょっと気分が悪くなっちゃった」と素直に言えば、
気まずくなるようなことはなかったでしょう。

はっきりと伝えれば、「わかってくれない」と
イライラすることもなかったでしょう。

相手もそう言われれば、
一人ではしゃぐことはなかったでしょうし、
お互いにイライラせずにすんだはずです。


親や配偶者などの家族にイライラするという人もいますが、
それは家族を非常に身近に感じていて、
「わかってくれるはず」と期待しすぎているからと言えます。

あまりに期待が強いため、期待通りにいかないと、
裏切られたような気持ちになって、イライラするのです。

逆に言えば、友だちや恋人、
親や配偶者などに何も期待していない人は、
べつにイライラすることはないはずです。

だからといって、期待するからいけないんだ、
期待なんかしないほうがいい、
というのもちょっと寂しいですね。

お互いに相手が気遣ってくれるはず、
わかってくれるはず、
と期待することができる関係というのは、
とても貴重な存在です。

では、期待しつつ、イライラしないためには、
どうやって自分の心をコントロールしたらよいのか。

そこが課題になります。


そんな「あなた」になることができたら、
人間関係は今以上に良くなるでしょうね。


◆編集後記

2018年もあと1か月ちょいですね。

毎年やろう!やろう!と思っていることが
またもや今年度中には出来なさそうです。

慎重になりすぎているので、来年こそはと考えています。

出版への挑戦です。



今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

第483号(2018年11月23日)

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一致点を見つけ出す努力

自分の中にある劣等感を、
なかなか忘れ去ることができない人がいます。

この劣等感に苦しんでいる人は、
とかく自分と他人を比較して、
その違いばかりに意識を向けてしまう傾向が
強くあります。


たとえば、
みんなから好かれている人気者と自分とを比較して、
「あの人は明るいが、私は根暗だ」といったようにです。

セールスができる人と自分とを比較して、
「あの人は話がうまいが、僕は口下手だ」
といったようにです。

確かに、そのような違いもあるかもしれません。

しかし、実は違いばかりではないのです。

よく観察してみれば、一致点も見つかるのです。

「みんなから好かれているあの人と私とは、
人と交わした約束は誠実に守っているという点では
一致している」

といったことがわかってくるのです。


「セールスができるあの人と僕の共通点は、
何事にも一生懸命に取り組むことだ」

ということが理解できてくるのです。

そしてさらに観察していくと、
「あの人が、みんなから好かれる理由」は、
実は「明るい」というよりも、

「約束は誠実に守る」
という性格であるとわかってくる場合もあるのです。

「あの人がセールスができる理由」も、
「話がうまい」ということではなく、

「一生懸命に取り組む」ということがあると
理解できることもあるのです。


ですから、
他人と自分の「違い」ばかりを意識するのではなく、
「一致点」を見つけ出す努力をすることが大切です。

一致点が見つかれば、
それが生きる自信につながります。

自分が劣等感を感じていることなど、
すぐに忘れられるでしょう。


◆編集後記

8か月間膝の故障で走れませんでしたが、
その間のリハビリがよかったのか、
走り方が良くなり昨年よりいいタイムで走れています。

「怪我の功名」ってやつですかね。

その時々は苦しくても、
その苦しみが成長につながることもあるようです。



今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

第482号(2018年11月16日)

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比較心理がネガティブ感情を生む

幸せに絶対的な基準はないということは、
よく言われることです。

客観的にみれば、なに不自由なく暮らしている人が、
じつは不満だらけだったりします。

経済的にみても、配偶者の人柄をみても、
どうみても恵まれているのに、何が不満なのか、
周囲の人にはわかりません。

そこにあるのが「比較心理」です。


いくら収入がよくても、
裕福な人が多く住んでいる地域なため、
近所の人のほうが豊かな暮らしをしていると、
自分がみじめなように思えてきて、

「もっと収入があればいいのに」と嘆きたくなります。

たとえ自分の旦那さんが申し分のない人柄だったとしても、
近所の奥さんの旦那さんが有名企業に勤めているのを知ると、
ねたましい気持ちが沸いてきたりします。


比較心理というのは、とても厄介なものなのです。

たとえば、友だちから結婚通知が届くたびに、
ネガティブな気分になるという人がいます。

友達の幸せを素直に喜べないなんて、
どんなにひねくれた人物なのだろうと思われるかもしれません。

でも、比較心理という視点から眺めてみると、
そういう人の気持ちもわかってきます。


友だちが結婚することになり、
はじめて披露宴に呼ばれたときは、
呼んでくれたことがうれしくて、「おめでとう」と
祝福の気持ちで一杯になったそうです。

また別の友だちの結婚披露宴に呼ばれた時も、
「おめでとう」という祝福の気持ちがこみあげてきました。

でも、そのうち友だちの結婚披露宴に呼ばれると、
なぜかみじめな気持ちになったといいます。

もちろん祝福の気持ちもあるのですが、
「おめでとう」という思いと同時に、
みじめな気持ちもわいてくるというのです。

そこにあるのが比較心理です。

「とても幸せそうな友だち。それに比べて自分は・・・」
といった思いがわいてくるわけです。


比較心理さえ働かなければ、
幸せそうな友だちを心から祝福できるのに・・・

比較心理のせいで、素直に祝福できず、
みじめな気持ちになってしまうのです。

友だちのことをねたんで、つい攻撃的な気持ちになり、
結婚相手のことをこき下ろしたり、
友だちの悪口を言ったりすることもあります。


そして、そんな自分がイヤになり、落ち込みます。

問題の根っこは、まさに比較心理にあるのです。


では、この比較してしまい「ネガティブな気分」
になってしまう自分をどうすればいいのか、
そこが問題になります。


◆編集後記

高校駅伝の応援に行ってきました。

娘は短距離なので走りませんでしたが、
女子が見事、関東大会出場を決めました!

一人一人の選手の執念を感じる熱い走りが
ビシビシ伝わってきました。

長距離はこの駅伝大会が年間通して一番の大会なので、
それぞれの思いがあったと思います。

本気で何かに取り組むっていいですね。



今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

第481号(2018年11月9日)

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悔しいことを上手に忘れるコツ

上手に忘れるためには、
上手にあきらめることが大切になってきます。

そして、上手にあきらめるためには、
時に自分を納得させる言い訳が必要になることもあるのです。

イソップ物語に「すっぱいブドウ」というお話があります。

ある日、腹をすかせたキツネが、
「何か食べるものはないだろうか」と、
うろついていました。

すると、
おいしそうなブドウが実った木があるのを見つけました。

キツネは木の根元に駆け寄ると、
ブドウに飛びつこうとしました。

しかし、ブドウの実は高いところにあり、
いくらジャンプしてもキツネの手は届かないのです。

結局キツネは、
「あれはすっぱくて食べられないブドウなんだ」と言い訳して、
その場を立ち去りました。


さて、この話で不思議なのは、
なぜキツネはブドウを食べていないのに、
「すっぱくて食べられない」という事ができたのかです。

実はこれは手が届かなかったブドウをあきらめるための、
キツネの言い訳であり、

悔しい思いを忘れるための一つの方法なのです。


たとえば、ある男性が好きな女性に、
「つきあってください」と申し込みます。

しかし、「いやです」と断られます。

彼とすればショックでしょうし、
相手の女性を恨む気持ちを抱くことになるかもしれません。

しかし、そのようなネガティブな感情を引きずっていたら、
前向きに生きてはいけなくなります。

そういう場合には、

「あの女性とつきあっていたら、僕は不幸になった」

と言い訳して、

相手の女性のことをあきらめるのも、
上手に忘れるための一つの方法なのです。

つきあっていないのですから、
本来であれば不幸になるかどうかなんてわかりません。

しかし、このように自分に言い訳を言い聞かせることで、
ショックな出来事を忘れられるのであれば、
これも前向き生きていくための方法なのです。


◆編集後記

子どもの頃は嫌でした。

食べるところはあまりないし、
食べるのも面倒だし、苦いし・・・

けど、
この歳にしてようやくサンマのおいしさが分かってきました。

あの内臓の苦みが何とも言えませんね。

日本酒との相性がいいのも、
サンマの良さが分かった要因かもしれませんけど。

秋の味覚、最高です!


今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

第480号(2018年11月2日)

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気合いを入れるのではなく、「たんたん作戦」で!

職場で、何か気分がめいいるようなことがあったときは、

「どうやってウサを晴らそうか」

「どうやって気分転換しようか」

と考えてもいいのですが、
それよりも何も考えずに仕事に没頭してしまうというのも、
立ち直る方法の一つです。

上司から怒られた、お客さんから電話で怒鳴られた・・・など、

たとえばクレームをつけられたときなどは、
この「何も考えない方法」は有効です。

あるホテルの「お客様係り」によると、

客からのクレーム処理で心得ておくべきことは、
いかに感情を乱さずに、
あくまでも事務的に片づけてしまうかそうです。

いちいち、
「もう頭にくる、もうやってらんない、もういや」
と反応していたら、
クレームは日に何件も入るときもあるでしょうから、
身がもちません。

「考える」から落ち込む。

何も考えなければ、落ち込むこともないのです。

何も考えずに、たんたんと・・・なのです。


今日は何となく調子が悪い。

体が重いし、頭もボーッとしている・・・

こういうときに働くのも辛いのですが、
休めないのであれば、やはりこの「たんたん作戦」が効果的です。

ムキになって
「がんばるぞ!」と気合いを入れようとするのではなく、

あえてイエスマンとなって、
やらなければならないことをたんたんと進めていくのが
いいと思います。

嫌な人と、顔を突き合わせて働かなければならないときも、
この「たんたん作戦」が有効です。

はい、はい承知、はい、かしこまりました・・・と、
寿司屋の職人になったつもりで、相手の注文に応じていく。

そんなつもりで働くのがいい時もあります。

何も考えないようにしながら、気分も変わってくる。

自分に気合いを入れて元気になろうとするのではなく、
元気になるのを静かに待つのです。


職場ではさまざまなことが起こります。

クレームにかぎったことではありません。

雨も降るし、霧もあるし、雷が落ちるときもある。

それにいちいち過敏に反応するのではなく、
場合によっては鈍感に時間をやりすごす知恵も必要です。

そうやってごまかして、立ち直るのもありだと思うのです。


◆編集後記

ここ最近、20時からのカウンセリングがない時は、
20時には寝るようにしています。

おじいちゃんみたいな生活です。

娘の朝練につき合うためです。

今までは、週2日程度だったのですが、
本気で勝ちたい!という気になったらしく、
週5回、5時半に起きて朝練をやるようになりました。

さすがに週5回はつらいけど、頑張って一緒に走っています。

ただ、高校で陸上は卒業するらしいので、寂しくなりますね。



今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

第479号(2018年10月26日)

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落ち込んだり、腹が立つ本当の理由

イヤなことがあると落ちこむ。

それがものすごくイヤなことだと、
立ち直れないくらいに落ち込む。

それは当たり前のことだと思っていませんか?

実は、そこが間違っているのです。

あなたは、何かで落ち込むとき、
イヤなことがあったせいで落ち込むのだと
思っているかもしれません。

でも、落ち込んでいるのは、
じつは無意識のうちに作動している「心の習慣」
のせいなのです。

イヤな出来事のせいではないのです。


その証拠に、同じようなことがあっても、
落ち込む人もいれば、落ち込まない人もいます。

ものすごく落ち込んで、
それを長く引きずる人もいれば、

多少落ち込むけれど、
すぐに立ち直る人もいます。

結局、あなたの気分がひどく落ち込むのは、
イヤなことがあったせいではないのです。

出来事や状況は、
それだけでは人の気分を落ち込ませることはできません。

出来事や状況そのものに、そのような力はありません。

落ち込むかどうかは、出来事や状況ではなく、
私たちの心構えで決まります。

私たち自身の受け止め方によるのです。

ものごとの受け止め方のことを心理学では、
「認知」といいます。


たとえば、仕事でちょっとミスをしてしまっても、
落ち込みが長引く人もいれば、すぐに立ち直る人がいます。

友だちからいやみを言われれば、
誰だってイヤな気分になります。

そのようなときに、

「あんなことを言うなんてひどい。そんな人だとは思わなかった」

と腹を立てる人がいる一方で、

「何かコンプレックスに触れるようなことを言っちゃったかな」

「なんであんなに機嫌が悪いんだろう」

とべつに感情的にならず、
冷静に相手の様子をうかがう人もいます。


やはり出来事は同じでも、
腹を立てる人もいれば、

特に感情的にならない人もいるわけで、
それは、受け止め方、つまり認知の問題だとわかります。


ここから言えるのは、

認知を変えれば「落ち込みやすい自分」
ちょとしたことで「腹を立ててしまう自分」

そういった自分から脱することができるということです。

自分の身に降りかかってくる出来事を
コントロールすることはできないけれど、
認知の仕方はコントロールできるのです。


◆編集後記

ここ最近、ユングの心理学を勉強しています。

この仕事を始めた当初も学んではいましたが、
あまりにもすごすぎて、気分が落ち込み、
ユング心理学とは距離を置いてきました。

10年が経ち、
多くのクライエントさんとのカウンセリングをおこない、
もう一度勉強してみようという気持ちになりました。

まだまだ全てを理解することは今の僕ではできませんが、
「あなるほど」と心から思える部分もあったので、
嬉しかったです。

多少は成長しているのかもしれません。



今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

第478号(2018年10月19日)

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恨みの感情を忘れる方法

「がんばってきたのに、相手に裏切られた」
という経験をすると、
その恨みがいつまでも心の中に残ってしまうものです。

自分を裏切った相手のことを、
いつまでも忘れられないことになるのです。


ある男性は、会社の社長から、
「がんばれば、部長に昇進させてやる」
と言われていました。

その言葉に励まされ、
彼は社長を信じて一生懸命になって働き、
実績を伸ばしていきました。

そして、とうとう部長に昇進しました。

しかしその直後、
会社で大規模なリストラが実施され、
とくに部長以上の幹部社員が標的にされました。

部長に昇進したばかりの彼もリストラの対象になり、
会社を辞めざるを得なくなりました。

ほとんど追い出されたも同然です。

彼は、社長を強く恨みました。

社長の「部長にしてやる」という言葉を信頼して、
がんばってきたのです。

なのに、部長になったとたん、リストラです。

しかもリストラは社長が断行した処置でした。

会社を辞めざるをえなくなった彼に、
社長は助け船を出してくれませんでした。


この事例の男性のように、
がんばってきたのに裏切られたという経験をし、
自分を裏切った相手を恨みつづけている人は、
意外に多いのかもしれません。

しかし、恨みを持ち続けている限り、
前向きな気持ちで新しい人生をスタートすることはできません。


「恨みは恩で報ぜよ」という格言があります。

「人を恨む気持ちは、
人のためになるようなことをして忘れなさい」

という意味です。

この事例の男性のような場合にも、
リストラされたことを契機として、

第二の人生は何かを自問自答し、

「人のために尽くす仕事にチャレンジする」
という選択肢もあります。

不幸な人、恵まれない人、
弱い立場にある人のために献身的に働き、

その人たちの喜ぶ顔を見ることで、
恨みの感情を忘れていく。

という方法もあると思うのです。


◆編集後記

「君の膵臓をたべたい」で一躍有名になった、
『住野よる』の「また、同じ夢を見ていた」を読みました。

「幸せとは何か?」が大きなテーマで、
小学生の超ピュアな女の子が主人公のちょっと不思議なお話です。

心が洗われました。

このふわふわした感覚は、
村上春樹の「ノルウェイの森」を読んだときと同じ。

そのくらい心地よい、心が温かくなる一冊でした。

ぜひ、たくさんの人に読んでほしいですね。



今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

第477号(2018年10月12日)

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相性が合わない人との接し方

誰でも、

「この人だけはどうしても好きになれない」

「この人とは話がかみ合わない」

という人が一人や二人はいるものです。

そういう人と、無理やり仲良く話そうとすると、
かえって気をつかい、疲れてしまいます。

かといって、まったく会話を交わそうともせず、
無視するというもの、常識ある大人の態度とはいえません。

特に、そういう相性の合わない人と
仕事をしなければならないのなら、なおさらです。

友達なら会わないようにする、
恋人なら別れるという道を選べば、
問題は起こらないのですが、

相手が同じ職場で働く人間なら、
そう簡単に関係を断つことはできません。


では、具体的にどうすればいいかというと、

話さなくてならないとき以外は
極力話さないようにすることです。


Oさんは、職場の中に「犬猿の仲」の同僚がいます。

その同僚は、Oさんと話すのを異様に嫌がり、
何か話し掛けても無視するといいます。

困ったOさんは、

「話したいことがあったら、きちんと話してほしい。
僕に対して怒りでもあるの?」

と歩み寄る姿勢を見せましたが、

相手は「別に何でもないよ、放っておいてくれないか」
と怒って、まったく取り合ってくれないそうです。

Oさんは「自分のどこが悪いんだろう」
と落ち込みましたが、理由はいっこうに見つかりません。

そして、悩みに悩んだあげく、
こんな結論に達しました。

「私は相手に出来る限り歩み寄ろうと努力したけど、
残念ながらうまくいかなかった。
でも、それもしょうがないことかもしれない」

つまり、その同僚とはどんなに頑張っても
仲良く話すことはできない、と開き直ったのです。

それからというもの、
Oさんは業務連絡以外ではその同僚と話すことをやめました。

すると、ストレスが減り、
人間関係のトラブルも減っていったのです。


どうしても分かち合えない人間関係は、
Oさんのように精神的には「決別」の選択肢を選んでもいいのです。

そして、分ち合える人間関係を大切にしたほうが、
有意義な人生を送れると思うのです。


◆編集後記

走れない日が続き、体重が7キロ太ってしまいました(>_<)

でも、走りを再開できたことで3キロやせることができ、
お腹周りもすっきりしてきたのですが、ここからが減らない。

だからといって走る日を多くしたら、ケガをして、
また長期間にわたり走れなくなってしまう可能性があります。

まあ、焦らず、コツコツとじっくり取り組むしかないんでしょうね。



今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

第476号(2018年10月5日)

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割り切りが大事なときもある

心理学には、「未練」「拒絶」「回避」という言葉があります。

それぞれ、つらくイヤな経験をしたときの対応を表している言葉です。

たとえば、「未練」とは、過去の仕事の失敗を、

「あのとき、違った決断をしていれば失敗することはなかった」

と、いつまでも悔やむことです。

自分をふった相手のことを、

「私には、やっぱりあの人しかいない。
私は、どうしてもあの人と付き合いたい」

と、あきらめずに思いつづけることです。


「拒絶」とは、現実を受け入れられないということです。

うまくいかなかったことを、

「こんなはずはない。これは何かの間違いだ」

と思い続けることです。

あるいは、

「うまくいかなかったのは、私が悪いからではない。
あの人が悪かったから、こんなことになったんだ」

と、責任転嫁することです。

あくまでも、そうやって
「自分が悪かったから、うまくいかなかった」という現実を
受け入れようとしないのです。


一方で「回避」とは、

つらく苦しい経験を

「いい経験になった。あのような経験をしたことで
私には知恵がついたし、精神的にも強くなれた」

と割り切ってしまうことです。

そうすることによって、

「次には、もうこんなつらくて苦しい経験をしないように注意しよう」

と気持ちを切り替えることです。


いつまでも過去に執着したり、
あるいは誰かを憎むことを上手に回避して、
意識を未来に向けていくことです。

「未練」「拒絶」という対処の仕方では、
イヤなことを上手に忘れることはできません。

上手に忘れるためには、「回避」という方法がもっとも効果的で、
また健全なものであることがわかると思います。

精神的負担を強いられるような状況に陥ったとき、
ぜひこの「回避」という言葉を意識してみるといいでしょう。

 


◆編集後記

10月のご予約状況を更新しました。

毎月そうですが、土日は早く埋まってしまう傾向がありますので、
土日しかお休みがないという方はお早めにお申し込みください。

また、ご予約状況で「×」になっていても、
時間帯によってはお受けできる場合もございますので、
まずはお電話くださいね。

●ご予約状況はこちら
http://www.kokoro-str.jp/category/1399418.html


今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

第475号(2018年9月28日)

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開き直って、「いいわけ」しよう

いいわけをすることが、なぜそんなに悪いことなのか、
私にはよくわかりません。

しかし多くの人たちは、
「いいわけは、よくないこと」と信じていて、
「往生際が悪い」「潔くしろ」と、
人がいいわけをすることを許しません。

それでは、潔く「すみませんでした」と謝ることが
いいことなのかと思えば、必ずしもそうではないようです。


実際の話、何かのトラブルがあって怒ったら、
潔く「すみませんでした」と謝って、
一件落着となったのでは、それだけのことです。

そのトラブルはなぜ起きたのか、
どのような経緯があったのか・・・などと、

十分に「いいわけ」をさせることによって、
問題点もわかってくるし、

二度とトラブルが起きない方法を考えることもできるのです。

「いいわけ」転じて福となすです。

潔く誤って人を安心させて、
それっきりにしてしまうことに比べれば、

「だって・・・先輩がこういったから、それに・・・」と、
あれこれいいわけをする人のほうが、
「正直な気持ちを言っている」し、
世のため人のためになるということです。


「いいわけするな」と、
無理やり人の口をふさいでしまうのでは、
それ以降の発展は望めないのであって、
繰り返し「同じ失敗をする」ことにもなりかねません。

いいわけをさせてあげること、
いいわけは最後まで聞いてあげること。

そういう寛容さがあってこそ、
人間関係はうまくいくものです。


ある小学校の先生が、
三日連続で遅刻した生徒を叱りました。

「どうして?理由を言いなさい!」と。

ところが、生徒は口をつぐんだままでした。

「朝寝坊したの?」

「熱でもあったの?」

と聞きますが、首を横にふるばかり。

少々きつい口調で、
「理由をいいなさい」といったら、
おずおずと「向かい風だったから」と答え、
教室は爆笑となったそうです。

それは、「いいわけ」というよりは、
「いい逃れ」なのかもしれません。

しかしこの先生は、

「この生徒は、人には言えない理由、
言ったら自分のプライドが保てない理由があるのだな」

と直感したといいます。


それだけでも、この生徒への理解度は深まったということでしょうし、
教師としての心の準備もできる。

潔く謝られたのでは、こうはなってなかったのです。

みなさんも、いいわけすることに罪悪感を持つ必要はありません。

開き直って「いいわけしない」のではなく、
開き直って「いいわけをしよう」というのが、
心の健康を保つコツなのです。


◆編集後記

僕の行動パターンとして、
極端にやりすぎてしまうという部分があります。

高校時代は練習のやりすぎで、怪我をしてしまい、
目標としていたインターハイに出られなかった。

「もっともっと」って思う気持ちが止まらないんですね。

大人になった今もさほど変わりません。

トレーニングもほどほどにすればいいのに、
やりすぎて怪我をしてしまう。

ほどほどができない。

頭ではわかちゃいるんですが・・・



今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

第474号(2018年9月21日)

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嫌味な人の言葉は軽く受け流す

嫌味な人は、いつも他人の悪いところを探しては、
ネチネチと攻撃してきます。

こういう人は、
「人より常に優位に立っていたい」という気持ちが強いため、

他人を見下すことでしか、
心の安定を得ることができない不幸な人なのです。

ですから、彼らがたとえ嫌味を言ってきたとしても、
同じように嫌味で仕返しをするようなことはしてはいけません。

そうすると、相手は怒りを増して、
さらにひどい嫌味を返してきます。


このような場合は、

「この人は、他人のあら探ししかできない、
かわいそうな人なんだ」と、

こちら側が大人になって、
相手の言葉を軽く受け流すくらいの「心のゆとり」
を持つことが大切です。


30歳で課長に昇進したKさんは、
あまり年齢の変わらない部下の態度に困っていました。

その部下は、同期入社なので、
自分より先に出世したKさんのことを認めたくないのです。


「あ〜あ、上司がもっと優秀な人間だったらいいのになあ。
たとえば総務部の○○部長のように貫禄のあるタイプの人なら、
安心してついていけるよ」


「出世が早いからと言って、
その人が必ずしも能力が高いとは限らないからね。
まあ、誰のこととは言わないけど・・・」

顔を合わすたびに、このようなことを言ってくるので、
Kさんは内心腹が立ってしかたがありませんでした。

しかし、よくよく考えると、
その部下の気持ちもわからないでもありません。

「もし自分が同じような立場になったことを想像すると、
きっと嫉妬するだろうな」と思ったKさんは、

「まあ、そう言うなよ、僕だって頑張っているんだからさあ」

などと言って、笑って受け流すようにしました。

すると、次第に相手が嫌味を言ってくる回数が減ったそうです。

「この人に嫌味を言っても、おもしろくない」と思ったら、
相手は離れていくものです。

ただそうはいっても、僕だったら、
こういう嫌味をいってくる人とは仕事はしたくないですね。


◆編集後記

娘の新人戦(陸上)の応援にいってきました。

個人種目の100Mは準決勝敗退、
400Mハードルは決勝で6位と悔しい結果でしたが、

400Mリレーが3位、1600Mリレーが2位と頑張りました!

娘が毎回走るたびにそうですが、ドキドキしながら応援しています。

自分が走るのとは違った緊張感がありますね。

でも、この緊張感もあと1年で終わってしまうのかと、
なんだか思うと寂しい気分になります。



今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

第473号(2018年9月14日)

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人の気持ちを察するとトラブルが起きやすい

ある人は、友達から言われた

「あなたって無神経な人ね。もっと人の気持ちを察しなさいよ」

という言葉が心に引っかかって離れないといいます。

私って人の気持ちを察することができない、
無神経な人間なの?

私って、自分の気づかないところで、
人を傷つけているのかしら?

と悩み、そのうち自分を責め、人と会うのも怖くなり、
心はいつもビクビクしているといった状態になってしまいました。


このように、人から言われたことを、生真面目に受け取り、
敏感に反応しすぎてしまう人がいます。

たしかに、
「人の気持ちを察する」ことは大切でしょうが、

あまりに「細やか」に察しようとすれば、
逆に誤解が生まれたり裏読みしたり、
何が本当のところなのかわからなくなってきます。

だいたい、「自分の気持ちさえよくわからない」
という人が大勢いるのに、

どうやって「人の気持ちをわかれ」というのか。

むしろ、それがトラブルの種になるでしょう。


「人の気持ちがわかる」ことが
必ずしもいいことであるとは限りません。

あなたも、へたに気持ちを察してくれて、
「どうしたの、何があったの」と、
妙な同情のまなざしを向けられるほうが
ずっと傷つくのではないでしょうか。

人の気持ちを察しなさいと言われたら、
知るもんかと開き直っちゃいましょう。

人の気持ちを察しない優しさというものあるのです。


「人の気持ちを察しなさい!」
といった人にしたところで、

その本人自身が、
言われた相手が、どんなに傷つくかということは
察していないのです。

いや、あんがい「傷つけてやろう」という
意地悪な気持ちがあったのかもしれません。

けんかを売ってきているような感じなので、
「知るもんか」でいいのです。

実際、「無神経な人ね」と言われて過敏に反応し、
自分を責めるような人が無神経であるはずがないのです。

相手が「無神経な人」なのです。


◆編集後記

胃腸が夏バテらしく、ここ最近お酒を控えています。

飲まなければ体調がよく、朝もスッキリ起きられるので
いいことずくめなんですけど、何か物足りない感じがします。

やはり、夕食にはお酒はかかせないんだと思います。


僕にとってはですけどね。


今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

第472号(2018年9月7日)

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「忘れなくてもいい」と開き直る

 心理学に「とらわれ」という言葉があります。

ある思いにとらわれることを意味します。

これは、「忘れられない」原因になります。

次のような話を聞いたことがあります。

あるミステリー小説の人気作家は、
あるときから、原因不明の腰痛に悩まされるようになりました。

いろいろな専門医のところへ行ったのですが、
まったく原因が分かりません。

整形外科や内科の検査をしても、
腰痛の原因が分からないのです。

結局、身体的なことではなく、
忙しい仕事のストレスが原因だったのではないかと
作家は結論づけました。

そこでこの作家は、仕事をしばらく休み、
仕事のことを忘れようと思いました。

しかし、それでも腰痛は改善しません。


仕方なしに心療内科へ行って、医師に相談したところ、
次のように言われたそうです。

「あなたは『仕事のことを忘れよう』という思いに
とらわれているため、
かえって忘れなくなっているのではありませんか」と。

確かに、その通りだったのです。

「仕事を忘れよう」という意識が強すぎたために、
かえって、

「仕事を休んでいる場合ではないんじゃないか」

「編集者や読者に迷惑をかけて申し訳ない」

といった心配に心を悩ませていたのです。

それが新たなストレスとなって、
腰痛を引き起こしていたのです。

そこでこの作家は、
「仕事のことを忘れよう」と考えることをやめました。

とりあえず仕事は中断したまま、
もし仕事のことが頭に思い浮かんだとしても、
思い浮かぶままに任せるようにしたのです。

すると気がラクになり、
結果的に仕事のことを忘れられるようになりました。

ストレスも軽減されて腰痛も改善しました。

「忘れたい」と意識するのではなく、もっと気楽に、
「忘れられないのなら、忘れられなくてもいい」と思うことで、
逆に忘れる場合もあるのです。

人間は開き直ることができれば強くなれるようですね。


◆編集後記

娘が修学旅行でオーストラリアに行ってしまったので、
妻と二人で山形県に行ってきました。

一泊二日で片道350キロの強行旅行です。

行くだけで5時間くらいかかりました。

それでも行ってみたかったのは、山形が「日本酒王国」だからです。

期待通りでしたね〜。

関東では流通していない珍しい日本酒がたくさん。

テンションも上がりたくさん買っちゃいました!

毎日飲んでも1か月は大丈夫なので、晩酌が楽しみです♪


今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

第471号(2018年8月31日)

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よき常識人であってこそ、個性が生きる

これからは個性の時代であり、世間体や人の目を気にして
「自分を出せない人」は生き残れない・・・

などというのだから物騒な世の中になったものです。

そんなことを言うから、

「よし、もう明日からは世間体のことなんてどうだっていい!」

「人の目なんて気にせずに、
自分のやりたいことを思いっきりやろう!」

などと、

勘違いの意気込みをする人が増えているのです。

世間や人から、
「あの人って、個性的だよね」
と言われるようにするためにはどうすればいいかと・・・

そんな「見せ方、見られ方」ばかり考えるようになり、
しかしそれは世間や人の目に「とらわれ」ていることに
変わりはないのです。


こういう人は個性を演出しているようなもので、
本当の個性を発揮しているわけではないのです。

そこに何が生まれるかといえば、
たんなるわがままや自分勝手でしょう。

この人にとっては、
ともかく世間の常識や人の意見に逆らっていれば、
それが個性なのですから。

「とらわれ」ている人には、ありがちなことです。

「とらわれ」ているから反発したくなるのです。


子供が親に反抗するのは、親から自立できていないからです。

親から自立したいけど自立できていない、
それを認めたくはないけれど親のスネをかじらなければ
生きていけない、

そういう意識に「とらわれ」ているから、
親に反抗するのです。

個性を発揮して、個性的に生きていきたいのであれば、

「世間体や、人の目を気にするのは当たり前のこと」

「誰だって世間体や、人の目は気になるもの」

「だから自分も世間体や、人の目は気にしてもいいい」

こう考えることができて、
初めて「個性的に」生きれるようになるのです。


仕事の面で個性派と呼ばれている人に会って驚かされるのは、
その人たちがあんがい常識人であるということです。

たしかに仕事の面では常識を打ち破るような個性を発揮して
いるでしょうが、

人づきあいや社交の面では、気が抜けるほどの常識人です。

人への気配りもあるのです。

謙虚な態度もあります。


決して、

「世間体なんでどうだっていい」

「人の目なんて気にしない」

といった人たちではありません。


よき常識人こそが、個性的なことを成し遂げる。

そういう法則があるように思います。


◆編集後記

今度は1週間いないので寂しい〜(>_<)

娘が修学旅行でオーストラリアに行ってしまいます。

「わざわざそんな遠くにまで行かなくても・・・」
というのが僕の本音です。

でもそれが売りで生徒を集めてるところもあるんでしょうね。



今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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第470号(2018年8月24日)

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迷いを吹っ切るコツ

迷ってしまって、いつまでも決断できない人がいます。

この人は「迷い」に「とらわれ」ています。

ある若い女性は、いまつきあっている人と結婚しようかどうか
迷っています。

彼から、今月中にもプロポーズの答えを出してほしいと
迫られるし、

自分としてもズルズルと答えを引き延ばすのは申し訳ないので、
早く迷いを吹っ切って決断しないと思うのだけど、

そう思うとますます迷い、答えを出せなくなってしまう・・・・
と彼女は言うのですが、そういうものなのです。

迷いを吹っ切ろうと思う事自体が、
迷いへの「とらわれ」であり、

だから吹っ切ろう、吹っ切ろうと焦れば焦るほど、
迷いへの「とらわれ」に縛られる結果となって、
答えを出せなくなるのです。

こういう場合は、「とらわれ」と「共存」することを
考えたほうがいいのです。

「結婚について迷うのは当たり前のことだ」

「お母さんも、お姉さんも、結婚に際しては迷ったのだ」と、

「迷いを吹っ切ろう」と思うのではなく、
「迷う自分」をやさしく受け入れてあげましょう。

「迷う自分」を許してあげること。

そして相手にも、許してもらうこと。

決断できないときは、決断できるときがやってくるまで、
待ってもらうしかないのです。

「迷っていること」を正直に相手に伝えてみてもいいでしょう。

結婚にかぎったことでもありません。

イエスかノーか、前進するか後戻りするか、
右へいくか左へいくか・・・

人生には二者択一を迫られる場面はいくらでもあります。

そういうときに迷わない人の方がおかしいのです。

迷っていい。

十分に迷っていいのです。

たしかに「いつまでに」と決断の期限が設けられている
場合もあるでしょうが、

あまり急性に決めるようと思わないことが、
「迷いから抜け出す」コツとなります。

迷いと共存し、
「とらわれ」から解放されれば、
やがて自然に「こうしよう」と決断がついてくるものです。

さんざん迷った挙句に決断したほうが、
後悔はしないものです。

迷っているのに、その気持ちを隠して、
やってしまうことが後悔の元となるのです。


◆編集後記

ご予約状況9月更新しました。

ご予約はお早めに、どうぞお待ちしております。
http://www.kokoro-str.jp/category/1399418.html



今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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第469号(2018年8月17日)

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調子のいい人との接し方

会話でトラブルになりやすい人の中に、
いつも調子のいい人がいます。

口がうまくて、話は面白いけど、
話している内容が本当か嘘か分からない人。

「仕事を頼みたい」とお願いしたら、
「いいよ」と元気よく返事をしてくれたのに、

いざ正式に依頼すると、
「ごめん、やっぱりできない」と平然と言ってのける人。

このような調子のいいひとと話すのは、
楽しい反面、なかなかストレスがたまるものです。


彼らは基本的に楽観的な性格で、
他人に対して怒ることはあまりありません。

しかし、約束を平気で破ったり、
急に連絡がとれなくなったりすることがあるので、
実際に迷惑をこうむる機会が生じやすいのです。

ある意味、
怒りっぽいけど仕事をしっかりやってくれる人よりも、
面倒と言えます。


彼らは、人にどう思われてもいいと思っているので、
どんな行動に出るか、先が読めません。

本来なら、そのような人とは仕事をしないのが理想なのですが、
そうもいかないときがあります。

ですから、彼らと話すときは、
重要な用事は極力頼まないようにして、
必要な場面では適当に話を合わせるのが一番です。

「君の話はいつもおもしろいよ」と反応し、
話半分に聞いていれば自分自身も必要以上に
ストレスを感じなくてすみます。

つまり、調子のいい人の言葉は、
最初から話半分で聞いておいて、
こちら側が上手にあしらいさえすれば、
問題は生じないのです。


◆編集後記

娘が部活の合宿で家を空けています。

妻と二人きりの生活。

仲が悪いわけではないけれど、やはり会話が少なくなります。

お互い家事が雑になります。

数年後にはこういった生活も
想定しておかなければならないのでしょうね。

複雑な心境になります。



今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたにすべての良きことが、なだれのごとく起きますように(*^。^*)

第468号(2018年8月10日)

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